読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

イクメンどころじゃない時代は来るけど、そんな風には来ない

d.hatena.ne.jp

ちきりんさんが5年前の記事を参照して、「イクメンどころじゃない時代がもうすぐ来る」とツイッターで仰っていたので、子育て世代でかつ世界転勤のある業界で働いている身分から、この件を少し考えたいと思います。

ちきりんさんは
1、日本市場は急激に縮小するため、海外で働く機会が増える。
2、働く女性が増えれば当然海外赴任する女性も増える。
3、そうすると今まで「妊娠・子育て」と「仕事」どちらを優先するかが女性特有の問題として語られていたのが、男性の問題にもなってくる。
4、つまり妻が海外転勤するから、夫が会社辞めて子育てする、という選択肢が出てくる。
5、「イクメン」という流行語はまだ女性が主体的に子育てに専念し、男性がサポートする意味合いが強いが、男性も女性も同様に仕事と家庭両方に同じ熱量を投じる時代が来る。
6、そんじゃーね。
と仰っています。5(と6)の結論に対しては違和感ないのですが、私の考えは前提の段階でちきりんさんのそれとは異なります。

日本市場とグローバル化

まず、日本の消費市場は急速に縮小しない。人口は緩やかに減るけれども2050年でも一億人弱人口を抱える大国であることは間違いありません。一億人の人間がいるということは、一億人が生活するための家を建て、道路を整え、水道を引き、発電所を建て、教育を施し、飯を食わせ、楽しませるエンターテインメントがある、ということです。つまりそれだけの仕事を誰かがしなくちゃならない。労働生産人口が減るなら、定年が伸びるでしょう。たしかに1億2000万人よりも市場は小さくなるけれども、1億人全員が日本語の読み書きが出来、女性が夜の街を歩いても安全で、水道水をごくごく飲める国が人口の減少によって突如魅力をなくし、国内では生きていけなくなる可能性は低いと思う。(地震原発を除く)

ただし、一部のエリート層は引き続き海外を相手に仕事をするでしょう。それは間違いない。でも今以上にグローバル化が浸透し、多くの日本人が海外に行くとは思えないのです。日本の企業がグローバル化するとどうなるか。多くの日本人が海外支店で働く?まさか。そんなことして企業に何のメリットがあるのさ。成功している真のグローバル企業を例に考えてみると良い。マクドナルドの社員は全員アメリカ人ですか?サブウェイは?アップルは?ゴールドマンサックスは?マッキンゼーは?そういうこと。

真のグローバルカンパニーの社員は現地人になります。当然そうなる。だって言語を新たに覚える必要がないし、文化慣習も知っているし、自社の商品・サービスをローカライズする案を適切に考えることもできるんだから。日本に帰る航空運賃を支給する必要もないし、日本の食料や雑誌を恋しがることもない。家族が急病で一週間地元に戻らなければいけない、という事態もない。三回忌と七回忌と十七回忌の縛りもないでしょう。雇用する側のコストに関して、現地人と日本人で比較すれば、当然現地人を採用しようという結論になります。日本人の方が現地人より優秀なはず??いやいや、何でそういえるの??確かに優秀な人もいる。優秀な人だけが外国で働くことを許される。いまだって、そう。だからこれ以上の人材流出はあり得ないと申し上げている。


海外で働く女性は増えるか

だから、2、海外で働く日本女性が増える、訳では決してない。割合は変わらない。むしろ人口が減る分だけ、同様に減る。優秀な人だけが海外で働く機会を得るのは今と変わらない構図です。

ちきりんさんの考えは違うようだけだけれども、私は全員が「仕事が生活を規定する生き方」を選択する訳ではないと思う。まず「海外で仕事」があって、それにマッチするように生活を組み立てていくわけではなくて、まず「生活」があって、それにマッチするような働き方をしているんだよ。

地元離れたくないなー、転勤嫌だなー、じゃあ転勤のない会社に就職しよう、という形で。

それはグローバル指向の人も同じ。

海外行って色々な世界を見たいなー、じゃあグローバル展開している会社に就職しよう。という風に。

中には仕事がすべて、と言う人もいる。仕事をしていくうちに、のめり込んで、仕事のためにはどこにでもいってやるという人もいる。私のように家庭を投げ出して24時間365日仕事をしていたいという人もいる。(家庭を投げ出せるくらいなら仕事も投げ出したいくらいだ)ちきりんさんが想定している女性はそういうタイプの女性だ。

ではどうなるか

1,2の前提が違うから、3,4の結論も導かれません。でも全然別の流れで5の方向に向かっていると思う。それは一億総活躍社会や日本死ね騒動に代表されるような国の流れだけじゃなく、ちきりんさんの理路の全く逆の帰結として。

これからは一部のエリート層を除いて意識は内向き内向きに向かっていくと思う。経済成長なんて幻想だ、とそろそろ気づき始めている。いくら成長を求めて途上国に活路を求めたところで、そこにあるのはまた次の成長限界なんだから。我々が求めるのは無限の経済成長と言う幻想ではなくて、今目の前にあるこの暮らしを心地良いものにすることだ。おそらく、周りにいる人達と喜びを分かち合い、美味しいものを食べ、芸術に感動しながら生きていくことだ。手の届くところから、世の中を住みよいものにしようという動きの中では、分業はあっても「男が」とか「女が」という語り口は無意味だ。男だろうが女だろうが当然のように、今ここで私が出来ることをするだけだから。そうなれば「イクメン」が特別な響きを帯びることはないし、男性と女性という区分どころか、仕事と家庭という区分すら無意味になると思う。だって、みんな自分が幸せになって周りを幸せにするために仕事をしたり、家庭を築いたりしているんでしょ。だったら仕事のために家庭を犠牲にするとか、家庭のために仕事を犠牲にするとか、全くのナンセンスじゃないか。どちらも目的は同じなんだから。


つまり、私は
・経済成長と言う幻想を捨てることによって
・みんなが身近なところから幸せを作り出そうとする
・いまここで私が出来ることをするしかない
・身近な幸せに男も女も仕事も家庭も区別する意味がない
イクメンなんて言葉は意味がなくなる
と思うのです。

そんじゃーのん。