「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

結婚生活で必要なことの全て

先日、初めての結婚記念日を迎えました。
これで結婚2年目。
もう新婚じゃない。
「新婚なら幸せだね?」という言葉の暴力を受けることもあるまい。

結婚してから結婚に関する格言に大変共感するようになりました。
重い石を背負って山道を登り続けるような毎日ですが、過去の偉人達も自分と同じように苦労をしていたのかと思うと、少し慰められる思いです。
素晴らしい格言がいくつもありますが、特に私のお気に入りなのがこれ。

結婚は悲しみを半分に、喜びを二倍に、そして生活費を四倍にする。
(イギリスのことわざ)


あらゆる真面目なことの中で、結婚というやつが一番ふざけている。
ボーマルシェ(フランス)

結婚とは、男性が自己の権利を半減し、自己の義務を倍加させることである。
ショーペンハウアー(ドイツ)

ずいぶん敵も持ったけど、妻よ、お前のようなヤツは初めてだ。
バイロン(イギリス)

男は結婚するとき、女が変わらないことを望む。女は結婚するとき、男が変わることを望む。お互いに失望することは不可避だ。
アインシュタイン

どれも突き刺さるなぁ。結婚する前に読んでおけばよかった、本当。どれも真理過ぎる。
私が心から同意するのはこれ。

美貌や愛欲によって結ばれた結婚ほど、早く紛争を起こして失敗するものはない。結婚には、一定して変ることのないしっかりとした土台と、堅実にして慎重な行動が必要である。沸き立つような歓喜は、何の役にも立たない。
モンテーニュ(フランス)

まぁ冷静に考えている余裕があれば、誰も結婚なんてしないんですよね。歓喜と熱狂の中にある男女しか、結婚に踏み出すことは出来ない。出来ちゃった結婚は除いて。

一年間の結婚生活を通して確信したことは、「結婚生活は恋愛を土台に設計してはいけない。機能で設計しなくてはならない」ということです。夫婦は最小の共同体です。結婚の目的はお互いの情欲を満たすことでも、性の奥地を極めることでもない。「共同体の存続」の一点のみです。「共同体の存続」のために自分が果たせる機能を発揮すること。これが結婚生活を継続する唯一の手段だと私は思う。

愛情を礎にした結婚生活は脆弱です。「恋愛関係から友情関係になった」とかいって離婚したりする。そんなの当たり前だ。だって恋愛感情は絶対に消える。だから「共同体を存続させる」という共通の目的を持っていないと結婚生活は必ず破綻する。

共同体を存続させるために、夫は会社で働き給料を入れ、住宅ローンを組み、洗濯・皿洗い・トイレ掃除をする。妻はパートで働き、炊事・ゴミ出し・風呂掃除をする。どちらかが病に倒れても「共同体を存続させる」という絶対命題がある限り、結婚生活が壊れることはありません。

ところが、愛情を基礎に置いてしまうと、どちらかが冷めた瞬間に結婚生活が終わってしまうのです。しかるに、愛情は絶対に冷める、だから結婚生活は絶対に崩壊する。

お互いが「共同体を存続させる」という絶対命題を忘れない限り、病に倒れようが、子供が生まれようが、他に好きな人が出来ようが結婚生活はきちんと続いていきます。ただ愛し合い、性の極みを求めたいだけならば恋人関係を続ければよろしい。飽きたら関係を解消しなさい。でも、結婚は別だ。結婚をするにあたって、別に相手のことを好きでなくても良い、尊敬も感謝もクソ食らえ、クサくてウザくてメンドくさいと思ってて良い。そんな相手と、それでも共同体を存続させること、それが結婚の唯一の目的だ。そこまでして、なぜ結婚をするのか?私にも分からない。スーパードMとしか思えない。でも唯一考えられる答えは、それが「人間が人間足りうる条件」だということだ。永遠に不快な他者と不断の努力で共同体を続けていくこと。これだけの行動原理で人類は繁栄しうるし、ここまでの文明を手にしたのだ、たぶん。

大事なことなのでもう一度言います。

あらゆる真面目なことの中で、結婚というやつが一番ふざけている。

じゃなかった、

結婚生活は恋愛を土台に設計してはいけない。機能で設計しなくてはならない。そしてその唯一の目的は「共同体の存続」である。

結婚2周年には全く別のことを言ってたりして。。