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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

ストーナー / ジョン・ウィリアムズ

小説

ストーナー

ストーナー

第一回日本翻訳大賞に選ばれ、静かなブームとなっている一冊です。

舞台は半世紀以上前のアメリカ。ビジネス街がひしめく大都会でもなく、のどかな田舎でもない地方都市。そこで大学の助教授を務めあげたある男の人生を綴った小説です。

小説として語られるような大きな事件は何も起きません。
闇の魔術に対する防衛術の先生が死ぬこともなければ、複数のバラバラ死体をくみ上げて一つの作品を作り上げるような猟奇的殺人犯も登場しない。

でも読者はストーナーというあまりに平凡な男の人生に引き込まれてしまう。
50年以上も昔のアメリカ・大学助教授・文学部・戦争等、彼を形作る要素と現代の日本に住む我々では生活リズムも生活言語も行動様式も全く異なるにもかかわらず。それでも、我々は彼の人生の悲哀に共感してしまう。

閃光の様なきらめく出会いに恋におち、
自分の手からするすると零れ落ちていくように結婚生活は破綻し
子供たちとのコミュニケーション方法を探っている内に子供は親離れしていく。
真摯であろうとするほど職場では軋轢を生み、
その遺恨が20年も彼の人生に影を落としていく
少しの慰めに人生の実感を得ては
また抗えない力で愛から引き離されてしまう

その一つ一つの出来事のきっかけや内実はそれぞれ違うのだけど、誰もが自分の人生にこの悲しみを投影させてしまう。そう。ストーナーはあなたの人生であり、私の人生、そのものなのだ。

これは比喩ではない。言い過ぎていない。あなたの人生そのものなのだ。

ストーナーが愛を見失い、自分の人生に対する抵抗力を失ったり、ひと時の慰めに生きる力を取り戻す姿は人間が生まれてきたときから背負っている悲しみを体現しているように思える。

この文学は傑作だ。でも、あまりに悲しい。なぜ悲しいか。これはあなたの人生であり、私の人生だからだ。

私もあなたもストーナー同様、恋におち、結婚生活に失敗し、子供との交流に苦難し、仕事に少しの喜びを見出しながら、隣人からの呪詛で人生を台無しにされだろう。少しの友を得、何の前触れもなく失い、純粋な愛に心を休め、ある時全てが終わるだろう。

あなたの人生は文学だ。そして傑作だ。悲哀に満ちた文学は人々の心をつかんで離さないからだ。


だから、あなたの人生は傑作だ。

想像を絶するほどに悲しく退屈だが、まさに「他の人に起こりえない」奇跡と驚きに満ちている。


この悲しい人生を美しい筆致で修辞しよう。優しい旋律で奏でてみよう。あまりに淡々と過ぎ去っていくこの日々を、この悲哀に満ちた人生を。我々に出来ることはそれだけだ。

遠い憐みに満ちた表情で及び腰な友愛を示し
おなじみの敬意の中で気鬱な悲しみを見つけ
当惑のまなざしを面白半分の不信心で覆い隠し
温かく馴染み深い軽蔑と
気恥ずかしい愛情を抱きながら