読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

愛とは

コラム ネタ

奥さんと結婚しようと思ったきっかけについて書きます。

 
 
私が幼い頃、祖父は大変私を可愛がってくれました。夏休みと正月に帰省する度に何でも好きな物を買ってくれたし、海に連れて行ってくれたり、ディズニーランドに連れて行ってくれたり。会えない時でも、頻繁に電話をくれました。初孫は長男である兄なのに、いつでも私だけに電話をくれました。
 
硬い父親とは正反対の性格で、かなりヤンチャなイタズラを教えてもらったりもしました。車からおばあちゃんをナンパしたり、貧乏なフリしてお金持ちの家に行きただでスイカを食べさせてもらったり。
 
1番思い出に残っているのが、焼肉やハマグリ焼きを食べに連れて行ってくれたことです。成長期の私はお金のことも周りのことも全く気にせず、死ぬほど食べました。しかし、祖父はそれを笑って見ているだけで、ほとんど手をつけませんでした。『見ているだけで楽しいから、みんな食べろ』と祖父は言いました。何でこんな美味しいものを食べないのだろうと、幼い私には不思議でした。
 
そして高校生の頃、祖父は亡くなりました。祖父は高校生になっても私を幼い頃のあだ名で呼び続けていました。
 
大学生になり、初めて彼女が出来ました。一緒に食事に行く度に、私は自分のものだけでは足りず、彼女のものを貰ってお腹を満たしていました。好きな言葉は「食べ放題」と言って憚らない大食漢です。
 
また月日が経ち、その彼女とも別れ、今の奥さんと付き合いました。付き合って数年経った頃、とても美味しいパフェを食べに行きました。千疋屋のマンゴーパフェです。彼女はその美味しさに感動し、嬌声をあげました。一つ3000円くらいするので二人分注文する訳にもいかず、一つのパフェを二人で分け合っていたのだけれど、私は途中で自分のスプーンを置きました。嬉しそうに食べている彼女を見ている方が自分が食べるよりも幸せだと感じたのです。いつも彼女から食べ物を取り上げていた私がです。あの大食漢がです。その時に気付きました。あの時の祖父もこんな気持ちだったのだと。自分より大切な存在があるのだと。その人の幸せを優先したいと思うことが愛なんだと。その日に私は今の奥さんと結婚することを心に決めました。祖父が私に愛を教えてくれました。
 
結婚して幾ばくかの月日が経ち、私も歳をとり、後輩と食事に行く機会が増えました。焼肉や甘いものをあまり食べられない自分に気づきました。今ではほとんど後輩にあげてます。
 
 
そこで気づきました。あれは愛ではなく加齢によって食が細くなっただけなんだと。加齢による食欲不振を愛だと思い結婚しちまった・・・なんてこった。
 
・・・あるいは、愛とは食が細くなることなのかもしれません。