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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

バレンタインデーの思い出

コラム ネタ

今週のお題「バレンタインデー」

 

今でもありありと覚えているのは小学校2年生の時のバレンタインデー。私はその学年の2学期に転入してきた新参者で、身体も大きくないし、運動も苦手だし、社交性もないし、微妙に関西弁で全然友達のいない暗い奴でした。勉強は得意だったかもしれませんが、小学校低学年では定期テストもないし、学年順位も出ない、勉強が出来るかどうかは授業中にどのくらい手を挙げるかが判断基準になり、消極的な私が手などあげられるわけもなく、傍から見ても何のとりえもない奴でしたし、自分でも自分のつまらなさに呆れかえる毎日でした。机でよく泣いていたのを覚えています。

 

自分でも愛想を尽かせているのに、バレンタインデーになると何かを期待して登校からドキドキしている自分が居ました。朝の下駄箱をさぐる・・・どこからかザワメキが聞こえる、あ、入っている人もいるんだ。もちろん、私は空振り。教室に入ると、また騒々しい。机の引き出しの中にチョコレートが入っていてビックリしている男子がいる、ほう、そういうパターンもあるのか、ドキをムネムネさせながら机に座り、教科書を入れる前に、中を探る。教科書でチョコを潰したら申し訳ないからね。結果は、はい空振り。

 

登校が遅れて、下駄箱や机に入れるタイミングを逃した女子がいるのかもしれないと自分を納得させ、休み時間の度に席を立つ。チャイムが鳴ってから席に座る。何度確認してもチョコはありませんでした。

 

そして帰りの会。お調子者の男子が言う、「AとB、どっちが多くチョコを貰ったんだよ!?」。Aはクラスで一番足の速い男子。Bはクラスで二番目に足が速くてドッジボールが上手い男子だ。彼ら二人は顔を真っ赤にしていた。まだ小学校二年生なので、彼らにとってモテるということは恥ずかしいことだったのだ。チョコを貰って喜んだ途端、女々しい奴と烙印を押されてしまう。彼らは言う「チョコはいやいやもらったんだ」。「じゃあAとB、少ない方が勝ちだ」とお調子者が囃し立て、クラスの全員が見守る中、それぞれ個数を数えることになった。「Aが13個、Bが14個だからAの勝ちぃ!」わーわー。悔しがるB。立ちあがって喜ぶA。やれやれという顔をして見守る女子達、その一部始終を口をあけながら見ている私。その次の日も、当日にチョコを忘れた女子がいるかもしれないと期待し、何度も下駄箱を探り、机の中を確認しました。さらに次の日もやりましたが、さすがにその次には諦めました。

 

毎年バレンタインが来るたびに思い出すこの屈辱。その後のバレンタインは母の知り合いの娘から義理チョコを貰ったり、中学生になれば学力も少しはモテの勘定に入れてくれる人もいたりして、多少良い思い出もあります。今では結婚をし、奥さんが毎年チョコレートをくれると思います。

 

だがしかし、だ。私はあの屈辱を忘れることがない。今ではAよりもBよりも私の方が圧倒的に優秀な学校に進学したし、有名な企業に就職し、年収も多い、良い家に住み、ワガママだけど見た目は綺麗な奥さんもいる。それでも、小学校の時、机の中にチョコレートが入っているという驚きと喜びを感じれなかった人間は一生負け組の様な気がするのです。

 

アラサーになっても、結婚してても、「青春時代モテたかったなぁ」と毎日のように想像するのは、私の様なモテない青春過ごしてきた奴あるあるなんだろうなぁ。