「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

グッドライ

 

 

 

スーダンの難民問題を扱った社会派映画です。難民としてアメリカに渡った青年達とアメリカ人達の心の触れ合いを描いたアットホームな映画かなと予想していたのですが、良い意味で期待を裏切られました。

 
難民の置かれている絶望的な状況、外国に渡っても異国文化に溶け込めずマージナルな存在として排除されてしまう現実をまざまざと見せつけられました。
 
難民キャンプで青春を過ごした彼らが拠り所にしていたのは家族だけ。でも、受け入れ国は彼らの都合で家族を解体し、社会に溶け込ませようとする。受け入れ国側も悪意を持ってやっている訳ではなくて、スムーズに彼らを社会に受容させようと最善を尽くしているのです。
 
現状世界にいる難民の数は3000万人と言われていて、これは個人の頑張りや、憐憫の情だけではどうにもならない数字です。仕組みとして、システムとして、ある意味機械的に処理していかなくてはこの数に対応することはできません。
 
でも難民と一言で括ってシステマチックに全てが簡単に片付く訳ではありません。彼ら一人一人に今までの人生があり、祖先から受け継いだ文化があり、家族への想いがある。それを無視したシステマチックな移民政策が果たして人道的なのかどうかは、分からない。
 
本当は一人一人に耳を傾け、彼に最適な人道支援をしなくてはなりません。でも、そうすると3000万人という数を前に途方にくれることになる。
 
日本は最も難民を受け入れない先進国として有名です。難民どころか外資系企業への拒絶度も高い。仕事をするには日本語はマストだし、日本人同士の同調圧力も凄まじい。関西と関東の違いだけでも小さなコミュニティで排斥されることも珍しくありません。こんな国で難民を受け入れても、彼らが排斥され、その挙句に徒党を組み、日本人に対して負の気持ちを鬱積させるのが目に見えています。
 
目を背けたくなるけど、背けてはいけない現実。この映画を見ると日本が難民を受け入れる日はそうそう来ないような気がします。
 
グローバル化という言葉が叫ばれて久しいけれども、なかなか民族や人種は交わっていかないんですよね。貨幣はすべての質的価値を量的価値に融解することに成功したけれども、人と人とのふれあい、友人関係、家族関係までは立ち入ることができないですからね。