「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

仮想通貨の真実を照らす良書『After Bitcoin』 中島真志

アフター・ビットコイン: 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者

アフター・ビットコイン: 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者

仮想通貨のことが一冊で丸わかりの良本でした。「お金2.0」のポジティブな展望とはまるで違います。

結論を申しますと
「Bitcoinは今後縮小しかありえない。」とのことです。

理由は
・上位1%未満の人が9割を保有しており流通通貨としての役割を果たせていない
 マイナー(採掘者)も寡占化し中国10社が7割を採掘している。
・2028年にはBitcoin上限の98%が発行済になるため、リワードを見越して採掘する業者が激減する。
 マイナーがいなくなれば Bitcoinの承認作業がされなくなるため流通しなくなる。
・各国の中央銀行ブロックチェーンを用いたデジタル通貨の研究を急激に進めており
 中央銀行が支えるデジタル通貨と問題だらけのBitcoinの競争が始まる、どちらが勝つかは明白。


私が以前書いた疑問にも答えてくれたのでスッキリしました。
これです。
nanikagaaru.hatenablog.com

p86 マイニング業者の収益はビットコインの価格水準にも依存しますが、仮に、ビットコインの価格が現状(円建てで48蔓延2017年8月半ば時点)のままの水準に止まるものとすると、リワードは、現在のマイニングの成功1回ごとに600万円という額から、2020年頃には300万円に、2024年には150万円、2028年には75万円、2032年には38万円へと減少していくことになります。1回600万円の報酬であれば、マイニング業者は大きな収益が見込めますが、1回38万円の報酬では、とてもコストに見合わないといった状況は当然、発生しうるのです。国際決済銀行の報告書でも「リワードが減少していく中で、スキームをっ冴えるマイニングのインセンティブが時奥するかどうかについては、議論の余地がある」としてマイニングの中長期的な持続性には疑問を呈しています。

やっぱりマイナーはいなくなります。今後、計算コストの増加と報酬コインの下落が続き、それらの曲線が交わる場所が損益分岐点となり、その時点でBitcoinをマイニングする人はいなくなる。それは絶対に間違いない。この当たり前のことに気づいていない人がBitcoinに投資している。




今大量にBitcoinを保有している人は何も知らない素人を引きつけて、高値で売り抜けようとしているとしか考えられません。




仮想通貨にまつわる議論は金融界の人とIT界の人で意見が真っ二つに割れています。両方の意見を聞くと、どうも中島真志さんをはじめとする金融界の意見に軍配が上がります。「新しいからダメ」「中央システムが存在しないからダメ」なのではなくて、「システムとして続く仕組みになっていないからダメ」なのです。通貨は「永続する」という信奉がないと成立しませんから。ブロックチェーンを維持するために限定した人だけに承認作業をしてもらい、インセンティブを固定で支払う(税金で)、という中央銀行のデジタル通貨システムの方が圧倒的に強固です。




絶対になくなりますよ。Bitcoinは。マジで。

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 佐藤航陽

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

最近、本屋で一番売れ筋の本として紹介されている本。著者はメタップス代表の佐藤氏、なんと年下!すごい人が世の中にはたくさんいるものですね。なかなか面白く読めましたので、思うところをまとめておきます。

まずは賛同できたポイント。


佐藤氏は世の中の流れを考える上で重要なキーワードとして「分散化」を挙げています。「分散化」の対義語は「中央集権化」。中心に大きな力をもった組織がルールを設定し、場をコントロールしてきたのが今までの世界。一方、現在は世界中の人がスマホを持ち、個と個が容易に繋がるようになりました。分散化の流れの中で始まったのがシェアリングエコノミーであったり、クラウドファインディングであったり、仮想通貨だったりするわけです。身近な例をあげると中古品売買。ブックオフとかハードオフという巨人(中央集権)が存在し、個人はそこに物を持ち寄り、その場を中心に市場を回していました。しかし現在はメルカリを始め様々なフリーマーケットスペースが開設されました。もはやブックオフなどという中央集権組織は必要なく、個人と個人が直接売買できるようになりました。


この洞察は私の仕事と照らし合わせても、得心しました。この中央集権化によって存続していたのが大企業です。私が勤めている商社なんてその最たる例。片方では各メーカーの情報を一手に集める、もう一方では海外の有力販売店の情報を集める。その両者を引き合わせて巨大な取引を発生させることで莫大な利益を出してきたのが商社です。メーカーは各個人に向けて物を作ります。販売店は各個人に向けて売り歩きます。でも商社は個人向けに商売はしません。大きなメーカーと大きな販売店を繋いだ方が、簡単に大きな金額を動かせるからです。ODAの入札でも、メーカーが一社づつ納品すれば低コストですむものを、商社がまとめるから結果的に高い買い物となります。なぜそんな商売が成り立つのかというと、商社が情報の中央集権組織だったからです。海外の個人がメーカーから直接購入することができればコストは大幅に下がります。でも、まだそうなっていません。Store.jpで店を開設してスマホで注文させれば、いくらでも販売できるにもかかわらず、です。でも必ずそうなっていくと思います。もはや情報の分散化は不可避なほど容易だからです。


銀行も証券会社も中央集権化することで保っていたビジネスモデルです。クラウドファインディングによって誰でも簡単に資金調達できるようになりました。商社と同じように彼らも今までのようには生きてはいけなくなっていくでしょう。

あと保険会社。中央集権化によって莫大な保険料を徴収し、丸の内に自社ビルを持ちまくっている古参企業。ネット保険ではその牙城は崩せそうにありませんが、かならず分散化によってぶっ壊される日が来るでしょう。誰も管理者がいない、ただ、お金をプールしておくだけの保険の仕組みって作れないかな。




一方で眉唾なのが仮想通貨。佐藤氏は中央銀行が存在しなくてもトークンエコノミーと呼ばれる完結した経済圏が作られる、と言います。でもそれは絶対に違います。


なぜなら結局、Bitcoinにしろ楽天ポイントにしろそれらの価値を我々に担保しているのは日本通貨だからです。だって日本円でいくら、と換算できるから使い道があるんでしょう。自社サービス内のポイントだとしても、そのサービスによって利用者が増え、日本円を落としてくれる人がいるからそのサービスが成り立つのです。我々は国家が保証する通貨なしでは何の価値も測ることができないのです。


タイムバンクにしろ、仮想通貨にしろ、お金2.0と佐藤氏が呼ぶ物は今までのお金ではない何か、ではありません。なので当然、これらの存在が資本主義を書き換えたりしません。むしろ資本主義の盤石な下支えの上で転がされている遊びのような物と思います。中央銀行が発行している通貨も実は中央が自由にコントロールできているはずがなくて、全世界のプレイヤーが少しづつ影響力をもって微妙な均衡を保っているものです。日本通貨がコントロールされていて、仮想通貨がコントロールされていない、というのは幻想です。



さらに個人が発信できるこの時代は「内面価値を創造できる人間」が必要であり、それが容易になったと言います。これは佐藤氏の方がよく分かってると思いますが、そんなことできる人間の方が少ないです。


たしかに誰でも発信できる時代になり、ユーチューバーや、フミコフミオ、はあちゅう、ヨッピー、イケダハヤトなどの有名人が誕生しました。小室哲哉村上春樹ダウンタウンほどの才能がなくても人に喜ばれ、楽しく稼げる時代になったように見えます。でも、逆に言うと誰でも発信者たりうるめちゃくちゃ競争社会になったのです。価値創造競争激烈社会。


フミコフミオもはあちゅうもヨッピーもイケダハヤトも、私からすれば天才中の天才です。これだけあるネットのコンテンツの中で注目され続けるのは本当に才能のある人だけです。だってそうでしょう?


このブログだってもう何年書いてるか分からないくらい長いけど、やっぱりコンテンツがともなってないから注目されることもなく、埋もれてしまう。

もっと言うとこんな読者100人程度のブログしか書けない私ですら、おそらく他の何万のブログよりは成功してる方なのです。


世の中には何も考えたくないし、何も責任を負いたくないし、何も生み出したくない、と言う人が沢山います。本当に沢山います。むしろそちらの方が多いくらいです。彼らに仕事を与えて、飯を食わしていたのが中央集権化された会社であり、非効率的なビジネスモデルだったのです。一部の創造的な人間が試行錯誤して決断して作り上げた巨大組織にその他大勢の凡人が付いていく、人間社会はそうできている。


だから佐藤氏が思い描くような個人が自由に価値を創造して、それが評価されて生きていけるような世の中にはきっとなりません。


おそらく世の中の変化を嫌う人達、変化をすると死んでしまう人たち、中央集権化されていないと仕事がもらえない人たちが分散化をあらゆる手段で妨害するでしょう。さらに日本の社会を動かしているのは40代後半から60代です。彼らのほとんどはiPhoneのバックアップすらできない人達です。彼らが今の世の中で権益を持っている限り、世の中が一新するようなことは起こらない、と思います。

最近のこと

離婚してから生活が劇的に変わったかと言うと実はそんなことなくて。



毎日、グレートピレニーズの”めーちゃん”の散歩に行かなくてはならないので、夜遊びするわけにもいかず。もともとお酒もタバコも嫌いなので、ちゃらちゃらした遊びをしたいわけでもなく、彼女もできたので合コンに参加するでもない。





これがめーちゃん。
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変わったことと言えば、学生時代の友人と会う回数が増えた、会社の飲み会に顔を出せるようになった、ことくらいです。
学生時代の友人はほとんど結婚していて、子供を持つ人も少なくありません。もう31歳ですから。



独身のやつらは何しているかというと、類は友を呼ぶ、とはよく言ったもので、やはり彼らも地味な生活を送っているわけです。平日の仕事が忙しすぎて、土日は16時間寝てる、なんてやつがいました。朝8時くらいに目が覚めて、1時間スマホゲームして、また昼寝して起きたら16時で夕飯食いに行ってまた寝る、みたいな。もちろん、独身、彼女なし、童貞です。31歳、慶應卒、一部上場企業勤め、だから悪い条件ではないと思うのですが、こういうやつは死ぬほどモテないでしょうね。




友人と集まって飯を食ったり、酒を飲んだりしても、いまいち盛り上がらない。学生の時ほど感度が高くないからそんなに笑わないし、そんなにネタもない。学生の時は毎週ずーっとおしゃべりしていたのが不思議。




あと夜の公園で犬友達が増えました。毎晩、50~70歳くらいのおじいちゃんおばあちゃんの集まりに混ぜてもらってます。お茶とコーヒーとチョコレートとお饅頭をくれます。クリスマスはケーキをくれました。バレンタインjはチョコをくれるでしょう。めーちゃんも毎日たくさんのお友達と追いかけっこして幸せそうです。





これめーちゃん。
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日々安定してきたけども、平穏過ぎて飽きてきたとも言える。何か変化が欲しくなった時、自分の人生に何か劇的なイベントが期待できなくなった時、人は「子供が欲しい」と思うのかもしれませんね。




今の彼女は本当に子供が大好きなようで、すぐにでも子供が欲しいと言っています。私はまだ離婚して半年も経っていないので、さすがに1年は経ってからにしたいと思っています。






今の彼女はとても安定していて素敵な女性です。お風呂入っている間にパジャマとタオルを用意してくれるし、早起きして朝ごはん作ってくれるし、犬を飼ったことないのにめーちゃんを可愛がってくれます。








これもめーちゃん。

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なにはともあれ、この平穏で幸福な日々を守っていけるように頑張ろう。

漫画 君たちはどう生きるか

漫画 君たちはどう生きるか

漫画 君たちはどう生きるか

63歳の父からもらいました。私31歳。どうやって生きれば良いか分からない31歳。

どう生きるか教えてくれる本であれば、こんなありがたいことはありません。どうか私を迷いから解き放って欲しい。不惑の40歳を迎えさせて欲しい。すがるような気持ちで貪るように読みました。


結論を申しますと、この本には「どう生きるか」書いてありました。マジで書いてありました。立派な大人になれ、と書いてありました。どんな大人が立派かも書いてありました。



「生まれつき貧しいというだけで人を見下してはいけない。」
「卑怯な真似をしてはいけない。」
「真実に近づくためには過ちを認めなくてはならない。」


みたいな感じで。

でも31歳が知りたいのはその先です。人をまっすぐな目で見つめ、正直者であり、自ら過ちを認めるだけで良いのでしょうか。その次には何を求めて生きていけば良いのでしょうか。私には何か生きる意味とか使命とかないのでしょうか。


この本はナポレオンを引き合いにだし、私の問いに明確に答えてくれました。

「人類の進歩に貢献せよ」と。

「真に尊敬できるのは人類の進歩に貢献したものだけだ」と。


ここで普通の大人なら気づく。人類の進歩ってなんだよ、と。そもそも人類は何を目指しているんだ、と。

所詮、まだまだ「大きな物語」が生きていた時代の本です。大きな物語とは人類史は常に進歩し、何かしらの最終形態を目指しているという神話です。野蛮人から文明人へと人類は発展をしていると無邪気に大人が信じていられた時代です。資本主義が貧富の差を拡大した後、プロレタリアートが団結し革命を起こすことで平等な共産主義社会が訪れるという言説が若者を突き動かしていた時代です。


第二次世界大戦を引き合いに出すまでもなく、人間は今でも地球を破壊するような爆弾を開発したり、宗教の違いで殺しあったり、芸能人の不倫に熱中していたりします。果たして50年前に生きる彼らよりも人類が進歩したと無邪気に信じられる人がどれだけいるのか。そういう意味でもうこの本は無価値だと思います。この物語を今の時代に映画化しようとするジブリが、彼ら自身の退化を象徴している皮肉。


人類は進歩しません。
なので人類の進歩に貢献するために生きることはできません。


でも我々は生きています。生きていかなければなりません。なぜ生きているのか分からないまま。どうやって生きるか分からないまま。

この本には納得のいく答えは書いてありませんでした。探索は続きます。

ハンナ・アーレント「全体主義の起原」 100分 de 名著

学生時代に読んだハンナ・アーレントの「全体主義の起原」。心の奥底に突き刺さるものを感じた記憶があるのだけど、もう一度読み返すほどの元気がないので、NHKテキストでお気軽に済ませました。

全体主義の起原」を読み解くというよりも、アーレントの生い立ちから社会にもたらした影響に焦点を当てる内容です。

なかでも「エルサレムアイヒマン」における「悪の凡庸性、陳腐さ」について丁寧に説明してくれます。


ネットを見てると社会の不調の原因について深く洞察する前に、「半島のやつらの仕業か」とか「そんなことをやるやつは日本人ではない」とかすぐに民族という幻想にすがりつこうとする風潮があります。その風潮は第一次世界大戦後のヨーロッパの空気と近しいものがある。

「自分の仕事が報われないのはユダヤ人が経済を牛耳っているからだ」、「実態としてみたことはないけどなんとなくつながりがありそうなユダヤ人の団体が世の中の枢要に入り込んでいるような気がする」、「生活が豊かにならないのはユダヤ人が富を独占しているからに違いない」。

そんな風に世の中を捉えるのは非常に楽なことです。考えることは疲れるから。自分に責任があると考えるのは辛いから。何か自分とは関係のなさそうなところに社会の不調、自分の人生の不幸の原因を見出したくなる。


そうやって考えることを放棄して、全員が一つの敵を作り出し、まとまることが全体主義です。アーレントは「複雑なものを複雑なまま捉えること」を説きます。そうすれば安易に答えを出して危険な道に突き進む可能性は減っていくでしょう。「上司が言っているから」という理由で不正に与するのも、「部数が出るから」という理由で不倫の記事ばかり世の中に発信するのも、考えることを放棄して安易な答えにすがりついているからなのではないか。

学生の時は、アーレントのその考えに深く共感したものです。


でも社会に出て10年経って思う。

複雑なものを複雑にしておくことは疲れる。疲れると考えられなくなる。安易な答えにすがりつきたくなる。「で、結局どうなんだ?」と答えを求めたくなる。わからないことをわからないままにしておいても何も前に進まない。でも間違った答えにすがりついたら破滅的な結果を招くかもしれない。

じゃあ複雑なものを複雑に考え続け、世の中は複雑過ぎて何も分からない、何も決められない、何も進められない、ということが正解なのだろうか。もしかすると破滅的な結果を繰り返さないと人間何も分からないのかもしれない。地球だって宇宙だって破壊と創造を繰り返しているわけだし。

20世紀の悲劇は繰り返してはならないけど、「複雑なものを複雑なままにしておくこと」は「何も行動しないこと」になり、結局、別の悲劇を生み出すことならないか、ちょっと不安でもありつつ、世界はそんな風にできているのかもしれないなとも思いました。

幸福の「資本」論 橘玲

幸せになるために必要な要素を3つに分解して、それぞれを分析する本です。



3つの要素とは金融資産=自由、人的資本=自己実現、社会資本=絆。

とは言うものの、どれかがあれば幸せを感じるわけではなくて、幸せを感じるためには社会資本が重要とのこと。
金融資産だけがあってもつまらないし、人的資本だけあっても寂しさは感じるし。


アドラー先生曰く、「幸福は人への貢献感」なので、ただ自分のためだけに金を稼いで、自分のやりたいことだけやっても幸せにはならない。


中村文則先生曰く、「幸福とは閉塞」です。金融資産を手に入れてなんでもできるどこへでも行ける、というのはむしろ幸福を遠ざけるのでは。少しの友人と好きな仕事、それを幸福と呼ぶのかも。


私は今、人的資本だけがある状態。ソロ充ですね。

R帝国 中村文則

R帝国

R帝国


全力小説家、中村文則の最新作です。
過去の「教団X」ほど話題になっていないのはなぜだろうと思っていましたが、ちょっと読んだ時点でわかりました。

この本、とにかく面白くないです。
面白くない理由を考えます。


R帝国が面白くない理由①
登場人物が魅力的でない。特に矢崎と栗原という男二人が主人公なのですが、彼らが似かよっていて、矢崎の話なのか栗原の話なのかがごっちゃになってきます。これは意識的に似せて書かれているので、ある意味仕方ないのですが、私のように通勤時間中にブツ切れにしか時間が取れない読者にとって、誰が何をしてるのかわからなくなるのは致命傷でした。


R帝国が面白くない理由②
設定が薄い。ディストピアを完成させたR帝国に対して、なんでLなんて貧弱な組織が抵抗できるのかがよくわからなかった。なぜ彼らが国家システムにハッキングできるのか、仲間を増やすことが出来たのか。


R帝国が面白くない理由③
中村文則の世界観が露骨に出過ぎている。世の中は一部の優秀な支配層が動かしていて、その他大勢はチンパンジーで何も考えずに従っているだけ。もしかするとそうなのかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。私はそうじゃないと思っている。だから全く共感出来なかった。1部の人間が莫大な富を手にするために、世の中を好きなように動かしているという話は陰謀論と呼ばれています。陰謀論を否定するのは実は非常に難しい。陰謀論を笑い飛ばす風潮でさえも、本当は陰謀論であると言われてしまうから。「陰謀論を信じるのは心理的負担が多すぎるから、わざとばかばかしい陰謀論を流すことで本当の陰謀が隠されているんだ」と言う風に。それでも私は陰謀論に与しない。人間が美味しく食べられるのは1日3食まで、生きられるのは100年まで、親しい友人関係を作れるのは十数人まで、本当に愛せる異性は一人だけ、である以上、無限の富と権力を掌握したいと望む人間が存在するとは思えないから。たとえ実務的に世界を支配できるとしても、すべての富を掌握できるとしても、「それを求める人間」がいないと思うから。


とまぁ、とにかく読んでいて苦痛な作品でした。中村文則先生には世界や政治を語るよりも、もっと人間の内奥の世界を描いて欲しいです。政治とか歴史とかと絡めると急に陳腐は話になってしまうから。