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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

純愛映画の最高峰『君の名は。』

映画

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君の名は。』を観ました。

ちょっとネタバレしますので、見ていない人は注意してください。


泣きました。

そのストーリー展開にではなく、その風景の美しさにではなく、その状況を盛り立てる音楽にでもない。ただ、その純愛に涙したのです。


確かにストーリーも素晴らしい。よくある入れ替わりものに一ひねり加えていて、展開を飽きさせない。


風景・作画も凄まじい。光源と感情の変化が緻密に連動している。見ている人の感情の変化が風景の移り変わりによって増幅させられる。


音楽も完璧。静かすぎるのでもなく、ノリノリ過ぎるのでもない。現実的過ぎる訳でもSF過ぎる訳でもない。この世界観のための音楽そのものだ。


これだけでも100点であることに間違いない。


でも、それらを全て飲みこんでしまうほどの感動が、この映画にはある。


君の名は。』というタイトル通り、名は大切な意味を持ちます。名はその人そのものと言えるかもしれない。「君の名は」というのは文字通り映画の中でのキーワードなのだ。絶対に忘れてはいけないものがある。それが君の名だ。あらがえない力が働いて、僕らの記憶が消されてしまう。そこから逃れる最後のチャンス、一筋の光明が、あの名前を書く、という行動だった。

でも書かなかった。名前とか、入れ替わりとか、タイムラグとか、みんなを救うとか、そんなこと吹き飛ぶくらい、そんなこと忘れてしまうくらい。とにかく伝えたい想いがあった。「スキダ」としか書きようがなかった。


この思いを表現するためにこの映画が作られたとさえ思う。ここまで力強い純愛を見せられたら、もう私はひたすら感動し、唖然とし、涙するしかありません。観たのは3日前ですが、まだ感動が終わりません。


凄い映画があるものだ。絶対に映画館で見た方が良いです。また観たい。

ニュースのなぜ?は世界史に学べ 日本人が知らない100の疑問

人文科学

ニュースの

ニュースの"なぜ?"は世界史に学べ 日本人が知らない100の疑問 (SB新書)

世界情勢を分かりやすく語ることってとても気持ち良いんです。

あぁ、ロシアとウクライナの仲が悪いわけ?それは天然ガスの利権が絡んでるんだよ。
アメリカがイラク戦争に突入したわけ?あぁ、あれは軍事産業の思惑が働いたんだね。


自分だけがクリアカットに世界を説明できる喜び。この万能感を味わうと大人でもなかなか抜け出せなくなってしまいます。でも本当は、そんなに簡単には世の中の動きを説明することはできない。たしかに彼らが語る話も数ある原因の中の一つではあるかもしれない。でも、その一つだけを取り出して世の中をわかったような顔をするのは、大切なものを見失いすぎな気がする。


そんなことを思わせる本です。ある意味、解りやすい。でも、この本を読んで世界史や現在の世界の在り方をわかった気になってはまずい。


国というのは主体ではない。ロシアがとか、アメリカが、と語るのは容易いが、アメリカという主体は存在しない。そこにはアメリカを主導している大統領がおり、国会議員がおり、活動を支える企業があり、彼らを選出した国民がおり、彼らが動くことを「アメリカが動く」と呼んでいるだけだ。そして彼らの行動原理を「資源のため」とか「もともと宗教観が違うから」と一言で片付けて良いものだろうか。


中学生高校生なら良い。世の中の流れをだいたいつかむためには、資源の奪い合いとして世界史を見る、とかユダヤ資本の流れで歴史を追ってみるという作業は面白いかもしれない。でも、大の大人がそんなことで世界をわかった気になってはいけない。


大きな物語を追って満足していてはいけない。世の中はもっと多様で非論理的で拡散的なのだ。


子供向けの本です。大人は読んじゃダメ!

夜明けの街で 東野圭吾

小説

夜明けの街で (角川文庫)

夜明けの街で (角川文庫)

深キョン主演で映画化された不倫ミステリー小説です。優しくも冷たくもない平々凡々なアラフォーサラリーマンがミステリアスなアラサー派遣と不倫の世界にのめりこみます。



なんだかんだいって続きが気になり続けて一気読みでした。正直めっちゃ面白かったです。



恋愛の楽しさを思い出させてくれるし、既婚者が恋愛にのめり込んだ時のめんど臭さも再認識させてくれる良い教科書的小説でした。


既婚者の方は、この本を読んでることを奥さんにバレた時点で「あんた不倫したいの?は?」と吊るし上げに会いますので絶対に家ではカバーをつけて読みましょう。

シン・ゴジラが怖すぎた件

映画

シン・ゴジラを観ました。



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最近のはてな界隈では、どこもかしこもシン・ゴジラの話題で持ちきりです。エヴァQが上映された時も同じ空気感でしたね。様々な考察が出されて、あぁでもねぇ、こうでもねぇと議論が白熱していました。私はこの感じ好きです。


コンテンツが多様化されて、みんな自分の好みにあった楽しみを見つけられる様になったのは良いことだとは思うけど、感動や不満をみんなで共有することも含めてそのコンテンツの魅力だと思うから。みんなが見ている、なんか一言ツッコみたくなる、というだけで、それは面白いコンテンツなんだと思う。そういう意味では国民全員が認めていたスーパーアイドルグループSMAPが解散することはとても残念ですね。彼らのヒットソングは国民だれもが口ずさめたし、ドラマ、映画で見たことない人はいないだろう。みんなで共有できる物語がまた一つ減っていく。ファンの興味はHEYSATJUMPとかKISSMYFOOTとか多様化されたコンテンツに拡散していくのだろうか。それとも嵐に収束されていくのだろうか。


さて、シン・ゴジラ、めっちゃ面白かったです。というか、めっちゃ怖かったです。日本政府中枢が鈍臭いとか、初動に失敗したから被害が拡大したとかそういう問題じゃないくらいゴジラが怖い。ゴジラ対策を指揮したのが最初からアメリカだったら、もっとスムーズに処理できたのかな。ベンチャー企業の様な決断の早い組織だったら、こんなことにならなかったのかな。いやいや、どんな組織でも、ゴジラの圧倒的な暴力の前に、被害をゼロにすることは不可能だったと私は思う。たった一人死ぬのも悲劇だし、家が一つ壊されるだけでもその人にとっては救い難いほどの悲劇なのだ。ゴジラを前に悲劇を回避する術はない。でも、ゴジラは突然、何の前触れも、何の理由もなく、現れては悲劇をまき散らす。ゴジラが何のメタファーなのか私には分からない。地震なのか原発事故なのか、はたまた人災なのか。誰にもわからない。それでもゴジラはいつだって突然やってくる。人間はゴジラがもたらす悲劇を受け入れ、悲劇を押さえる力を行使し、世界を立て直す希望を持ち続けねばならない。人生はゴジラとの闘いなのだ。


あと石原さとみね!彼女の英語が酷い、とか痛いとか言う人がいるけど、いい加減にしてほしい。彼女の英語はうまいよ。確かにネイティブではない。幼少期に英語耳を作った人のそれではない。明らかに。でも、第二外国語として英語を運用している人間の中では偏差値75くらいにうまい。私は商社で働いているので日常的に英語を使うし、右でも左でも英語で電話している声が聞こえる。彼らは英語を使ってビジネスのハードネゴシエーションを行っている。それも5年や10年ではない。おっさんたちは20年も30年も英語を使って仕事をしている。でも、彼らの発音は石原さとみの足元にも及ばない拙いものだ。日本人が聞き取りやすいジャパニーズイングリッシュ。母音が強調されて、LもRもSもTHも区別のない日本語英語。日本人が操る英語なんてそんなもんだし、それでも通じればいいと私は思う。中学高校大学社会人と英語を勉強し続けて、日常的にビジネス英語を使う我々だって、そんなもんだ。それに比べれば石原さとみの英語はベリーワンダフォーだった。これを見て、海外の仕事のオファーくると思うよ、いやマジで。これは私が石原さとみを個人的に好きだから言っている訳ではない。いや、ごめん。それはウソだわ。大好きだわ。可愛いしセクシーだから。身体のラインを強調した衣装も素晴らしい。うん、まぁ、たしかに、ポジショントークかもしれない。私の石原さとみ贔屓は否めない。でも、世間の男の95%は石原さとみのことを愛しているんだから、応援してあげようよ、頼むよ、みんな。




なんて思いながら、家に帰るとうちの小さいゴジラ(グレートピレニーズ)が部屋をめちゃくちゃにしていた。ゴジラとの戦いは続く。

最近読んだラノベ

小説

色んな本を読みます。最初に本を読み始めたのは国際政治の本でした。中国を読み解く!とかロシアの不思議!とか。当時は海外に憧れていたので、日本を捨て、どこの国で働こうか考えるために、そんな感じの本ばかり読んでいたのです。その後、司馬遼太郎歴史小説にハマりました。竜馬がゆく坂の上の雲翔ぶが如く、世に棲む日日、峠、燃えよ剣花神を読んで、心を震わせていました。将来は歴史を動かす偉人になりたいと本気で思っていたのです。そして大学生になり哲学書を読むようになりました。と言っても原書は手が付けられず、哲学の説明本みたいなのばかりですが。あいまあいまに現代小説、ホラー、ミステリーもたしなむようになり、最近ではビジネス書をよく読むようになりました。


数年前、角川ホラー文庫好きが高じて、カドカワの株主になりました。すると株主優待として毎年カドカワから数冊本が貰えるのです。せっかく貰えるのだから、自分では絶対に買わない本に挑戦してみようと思いました。本好きの私が自分からは決して手に取らない類の本。それは、ライトノベルです。今回はライトノベルに挑戦してみました。(かなり昔、イリヤの空は読みましたね、ダメでした)


一冊目、ノーゲームーノーライフ

ノーゲーム・ノーライフ 1 (アライブ)

ノーゲーム・ノーライフ 1 (アライブ)

ひきこもりの天才ゲーマー兄妹が異世界に転送されて大活躍する感じの話っぽい。ですが、妹の性的なブラコンぶり、兄のまんざらでもない感じがとにかく気持ち悪くて、前半50ページくらいで気持ち悪くなりギブアップです。結構ヒットしているラノベらしいけど、なんなの。妹とあんなことやこんなことしたいっていう欲求ってそんなに一般化しているの?めちゃくちゃ気持ち悪いんだけど。


二冊目、この素晴らしい世界に祝福を

引きニートの主人公がしょうもない交通事故で死に、異世界に転生されるもの。異世界には何でも好きなものを持って行って良いと言われたので、そのルールを説明してくれた女神を連れて行ってしまうというハチャメチャな設定。これも、なんだかやれやれ系な主人公で、気持ち悪いのかなと思いきや・・・なにこれ、面白い。最強魔法一発しか使えない中二病魔法使い、敵陣につっこみハチャメチャにされたいドM女騎士、アホだけどアンデッドにだけはめっぽう強い女神、なんだかんだ器用でそつがない主人公。彼らの良いところが奇跡的にかみ合って敵を倒すシーンは感動さえ覚える。この世界はクセになると思い、二巻にも挑戦してみましたが、日常系のノホホンな雰囲気が出てきて、しょうもないラブコメっぽい話になり、すぐ飽きました。


ライトノベルの面白さはキャラ設定に尽きる。『この素晴らしい世界に祝福を』の面白さは中二病魔法使いの存在一点だもん。他はどのアニメにも一人はいそうな、量産型のキャラばかり。案の定、この魔法使いを主人公にしたスピンオフ作品も出ているらしい。まぁでも、もういいや。


ライトノベルにも面白い本はありました。でも、やっぱり物足りないなぁ。もっと読み応えのある長編が読みたい。

カルドセプトとシーザー・ミラン

日記

最近ブログを全然更新出来ていないのには3つ理由があります。

1つ目、カルドセプトリボルトが面白すぎる。
ニンテンドー3DSのソフト、カルドセプトリボルトにハマりすぎていました。ここ一か月、ほとんど本も読んでないし、テレビも見ていないのです。もう無我夢中。100時間くらいやったかな。何もしないと仕事のことが頭から離れなくて、考えても答えの出ない難問がぐるぐる回る日々に、このゲームはとても助けになりました。どうやって事業を動かせば良いか、会社の人間関係をどう修復したら良いか悩んでいたのに、一旦ゲームを始めれば、どのデッキが最も次のステージに適しているか考える頭に切り替わっている。人生の神髄は没頭することにあるので、その対象は恋愛でも仕事でもゲームでも何でも良いのです。あぁ、生きてるって感じ。

カルドセプト リボルト

カルドセプト リボルト



2つ目、仕事が忙しい。
新規事業の立ち上げを一人でやっているので、あまり休む時間がありません。自分が一歩進めば、事業も一歩進む状況なので移動時間や昼休みもなかなか仕事から離れられません。いや、好きでやっているから良いんですけどね。



3つ目、とうとう我が家に大型犬がやってきた。
グレートピレニーズという白いふわふわの大型犬です。成犬になると体高70センチ、体重45キロくらいになります。まだ生後2.5か月の子犬ですが体重は11キロあって、目に映る物全てを噛み砕き、覆いかぶさり破壊します。とにかく目が離せない。そうなってくると段々自分の時間を減らさないといけなくなって、ジム、ドラム、読書の時間がほぼ取れていません。

一刻も早くきちんとしつけて良い犬にしなければ、と思いこの本を読みました。


アメリカで大人気のカリスマドッグトレーナーらしいですが、彼のメッセージは一言で言うと
”おだやかで毅然としたエネルギー”を身にまとって接するべし、そうすれば犬はあなたをリーダーとして慕うであろう
というものです。

なんだかふわっとしすぎて意味が分かりませんでした。なんだよ、エネルギーって。ポケモンの属性的な?


ただ、犬と接する上での優先順位は運動>しつけ>愛情とすべき、というアドバイスはなかなか的を射ている気がしました。犬は動物である、まずは運動をして身体も気持ちもストレスから解放してあげる。有り余った力を発散出来た後で、初めて人のしつけが有効になってくる。しつけが出来た後で、しっかり愛情を与えてあげればよい、と。なるほど。たしかに一理ある気がする。もしかすると、人間へも適用できるかもしれない。

その理論を敷衍して考えてみると、30代サラリーマンが実行すべきは、運動、仕事、趣味の優先順位、なんじゃないだろうか。まずは運動で身体を作って、ストレスを発散させて、頭をスッキリさせる。その後で、仕事を効率よく行う。運動で健康になり、仕事で社会の役に立つことをした後で、ようやく自分のための時間を使って良い、と。人生の優先順位は運動>仕事>趣味。


犬と人間の優先順位一位はをどちらも運動とすれば、朝晩一緒に散歩することで、良い関係を築けるのも、頷ける。犬と人間が仲良く暮らせる訳である。

30歳になって20代前半から変わったこと

コラム 日記

先日、30歳の誕生日を迎えました。29歳の誕生日から「もう実質30歳だ」と思いながら過ごしていたため、ついに30歳になったという感じはしません。これを先取り加齢法と呼びます。ショックを和らげるのに有効ですので、歳を取りたくないと思っている方にお勧めです。


さて30歳になって、今の自分の生活を見つめ直してみると、ずいぶん20代前半の時と変わったと感じます。今回は20代前半の時からの変化を纏めたいと思います。こう見ると歳をとるのも悪くない!


恋愛観

20代前半:素敵な人と恋愛して、結婚して、その人を愛し続けながら幸せに過ごしたい。テレビドラマの様な、映画の様な幸せな生活。

今:恋は冷める。絶対冷める。結婚と幸せは因果関係も相関関係もない。今好きな人がいても5年も一緒にいたら絶対冷める。また別の人に目移りする。その後も、同じように熱して冷めてが続く。だったら、その時にその人を目いっぱい愛するだけしか、出来ないよね。将来の約束なんてナンセンス。今ここだけで激しく燃え上がる恋愛があっても良いじゃない?その方が人間元気よく、気持ちよく過ごせるじゃない?でも、結婚生活は一応大事にしておいた方が良いかもしれないかも。でも、正直結婚については謎。なんなんだ結婚って??


余暇の過ごし方

20代前半:平日は一秒でも早く帰って自分の時間を過ごしたい。資格の勉強をしたい、プログラミングの勉強をしたい、本を読みたい、ギターを弾きたい、女の子と遊びたい。連休は一人でバックパック。見聞を広めたい。土日は昼まで寝ていることが多い。

今:平日はほぼ仕事で余暇なし。でも運動する時間だけは何よりも優先したい。休日の一日は、ドラム叩いて、ジム行って、本を読む。もう一日は早く起きて、洗濯して、トイレ掃除して、掃除機かけて、布団干して、ゴミ出して、風呂洗って、洗面台洗って、クリーニング出す!気持ち良い!連休だろうと過ごし方は一緒。優先順位は運動>音楽>掃除>休養。海外旅行なんて、まったく興味なし。身体を鍛えて、音楽に心を震わせて、勉強していた方が毎日楽しい。睡眠時間はめっちゃ減った。


交友関係

20代前半:学生時代の友人と月に一度は会いたい。会えば必ず盛り上がる。

今:友人たちも家庭を持ち、あまり時間がない。飲み会は四半期に一回出来れば良い。みんな生活に変化が少ないから、頻繁に会っても、あまり盛り上がらない時もあるなぁ。子供の話とか、愚痴なら楽しいけど、親ばか話とかどうでも良いもん。


音楽

20代前半:浜田省吾玉置浩二ミスチル山下達郎Chage&ASKA、サザン、

今:浜田省吾玉置浩二ミスチル山下達郎Chage&ASKA
サザン聴かなくなったくらい!


読書

20代前半:哲学書、歴史小説、ミステリー、ホラー

今:ビジネス書、ミステリー、ホラー
哲学書読む気がしなくなったなぁ。


見た目

20代前半:髪ふさふさ、デブ

今:頭頂部キテるわ、これ。身体はちょっと締ってきた


体調

20代前半:寝ても寝ても眠い。肩こり腰痛。全身が気怠い日が良くあった。扁桃腺炎によくかかって、2ヶ月に一回は高熱を出して会社を休んでいた。

今:きちんと運動をするようになってから、目覚めも良い。肩こり腰痛も激減。全身が怠いことがほぼない。扁桃腺除去手術を受けてから、3年間一度も熱で会社を休んだことがない!超健康!


お金の使い方

20代前半:会社の同僚とキャバクラ行ったり、スナック行ったりで、年間10万くらい使ってたんじゃないかな。10万もするコートを普通に月給で買えてた。買いたいものを我慢することがなかった。

今:夜の店は、全く行かない。友人とも同僚とも行かない。仙人。買いたい物は奥さんに相談してからじゃないと買えない。給料は上がったけど、生活に裕福感が全然ない。。



ここからが本題『仕事の取り組み方』

そもそも生活に占める仕事の存在感が増したのが一番の変化かもしれません。『仕事は適当にお金を稼いで人生を謳歌しよう、イェイ!』だった仕事観から『仕事ってちゃんとやるとこんなに夢中になるものなんだな』という変化が20代⇒30代の変化です。


20代前半:仕事は誰かがやっているのを手伝うものでした。だから気が乗らない時は「また、馬鹿な会議やってんなぁ」とか「上層部って軒並み無能ばっかだな」と気楽に構えていられました。だから発言しない会議も沢山あったし、会社やプロジェクトのためではなく、自分の評価のため、自分のキャリアのために仕事をしていたような気がします。

今:仕事は自分がやるものと思うようになりました。よく使われる言葉で言うと「当事者意識」を持つようになりました。こうすると、馬鹿な会議をどうすれば有意義になるのか考えるようになります。上層部が失敗したなら担当レベルでどう動くべきか考えるようになります。だから発言しない会議なんてないし、会社のため、というか一緒に働いている仲間や、暮らしている世の中のために仕事をしたいと思うようになりました。こうすると全てが無意味でなくなるし、何でも考え続けなきゃならないので、あらゆることの難易度が上がります。書類作り一つとっても自分が当事者なんですから、「本当にこうすべきか」と考えなきゃなりません。とにかく大変。「楽しい」というと言い過ぎだけど、「やりがいがある」と言うとうさん臭くなる。めちゃくちゃ難しいパズルをずっと説き続けているような、そんな没頭できる面白さが仕事にはある、と気づきました。だって、自分でビジネスの仕組みを考えて、人を巻き込んで、お金を集めて、市場に出して、成果を出すってめっちゃくちゃ難しいですよ。難関大学受験の比じゃない。資格試験の比じゃない。分からないことだらけ、全てに前例なし、答えはどこにも載ってないし、誰も教えてくれない。こんな難しい課題、学生時代にあった??(あるとしたら哲学だけだ)日曜日の夜に明日を思って憂鬱になることがなくなりました、本当に。なんでこんなに変化したかと言うと、ただ歳を取ったからだと思う。だって後輩が6代も7代もいるのに「俺はしらねーよ」って顔し続けられないですもん。彼らが困っていたら助けるのが私の使命だし、彼らの悩みを一緒に解決しようと思う。自分がそうされてきたから?・・・そうだっけ・・・・うん、まぁたぶんそう。あと転職して物凄く良い給料を貰えるようになったので、こんなに貰っておいて「あとはしらねーよ」っていう訳にはいかないと思ったのも大きいです。返報性の原理です。意識を変えたいなら、給料を上げよ、これが人材育成の鉄則ですね。




竹内まりあも言っていましたが、歳をとるのは楽しい事です。出来ることは増えるし(30歳になったら参議院に立候補できるし、都道府県知事になれる権利も有するのだ)、むやみやたらに欲しがることもなくなる。若いころはいつも渇いてばかりいたような気がする。大学生なんて、勉強しながら、サークルで青春っぽいことをしながら、バイトしながら、就活で武器になるような特殊なことをしなくてはならなかったでしょう。何をやっても足りない気がして、いつも追い立てられていた様な気がします。30歳の今、足るを知って、自分の手を伸ばして届く範囲で生活を満足させようと努力する日々。これが結構心地いいのです。