「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

離婚後の心境

先日、親戚の家に行き散々心配と迷惑をかけたことを謝りました。

みなさん口をそろえて
「俺は最初からそう思ってた」とか
「あんなのどう見てもおかしいよ、早く気づけよ」と言います。

まぁ、そうだよね。うん、ホントそう。

付き合い始めたのはこのブログ開始とほぼ同時期で7年以上の歳月を元妻に捧げたことになる。まぁ元妻にとっても20代前半の最もいい時期を私に奪われたと思っているのでしょうが。


元妻は日曜日に家を出て行きました。職場が近所なので家も近所です。ただし鍵も返してもらったし、鉄道の路線も違うので、まぁ普通にして会うことはないだろうなという距離です。犬には会いたいとせがまれましたが、なんとかごまかしました。

最後の食事のとき、「あなたにはもっと自由を許してくれる、おおらかな女性が良いと思うよ。」とアドバイスを貰いました。「私には次はどんな人が良いかな?」と聞かれたので、そこで私は文字通り絶句してしまいました。句が絶えるとはこのことだな。だって元妻に合う人なんて存在しないもん。全て許してくれて、あなただけを見つづけて、いくらでもお金を持っていて、身体も求めなくて、ずっと頭を撫でてくれて、こちらが何も与えなくても愛し続けてくれる人、そんなの神様しかいない。いやいや神様でもそんなことしてくれないと思う。私が無言でいると「あ、っそ」と言って会話が終わりました。


最後は本当にあっけなく、じゃあねと言って別れました。これでおしまい。



一か月前は普通に軽井沢旅行とか行ってたのに。一ヶ月でここまで人生は変わるものかと自分でも驚いています。



昔の写真を見ると、楽しかったことも確かにあったなと思います。淡路島でしゃぶしゃぶ食べ放題行ったり、バスツアーで牡蠣食べたり、沖縄でシュノーケリングしたり、北海道で犬ぞりやったり、二人だけでいる時は本当に楽しかった。私も彼女だけを見て彼女も私だけを見ていた。彼女のためならいくらお金を使っても惜しくなかった。彼女が喜んでくれることが私の生きる意味だった。共依存の関係だったのかもしれません。


でも私が東京に戻り、学生時代の友人に再会し、新しい会社の人間関係が開かれ、お金を手にし、結婚したことで全てが変わりました。


幸福は閉鎖である。


本当にそうだったと思う。東京に来るまではお互い身寄りもなく、無人島で二人きり暮らしていたような4年間だった。


世界が開かれてから、私は彼女を重荷と思うようになった。彼女のせいで友人と遊べない、同僚と飲みに行けない、好きにお金が使えない、親とも会話出来ない、そんな生活を強要してくる彼女が疎ましくなった。


彼女からすると閉鎖空間で楽しく依存していたかったのだろうと思う。こちらに来たばっかりに。世界が開かれてしまったばっかりに、今までの生活が破壊された。


でも、仕方がなかった。
むしろ二人きりの世界にいた4年間の方が異常だったのだ。



たしかに二人でいた時間があった、そこには幸せな時間があった、それだけでもう何も望むまい。


今は何の後悔も未練もありません。

あの時幸せだったからと言って、もう一度元妻とやり直そうなどと言う気持ちは1mmもありません。結婚してから、生活が開かれてからは本当に地獄の日々でしたから。今年行った旅行の写真なんて、私全く笑えていませんからね。そんな状態での結婚生活を2年半、続けてしまったことは私が彼女にしてしまった大きな罪だと思います。



今はこの開かれた世界で、どうやって自分で幸せを掴み取ろうかと考えているところです。


とりあえず異性100人とデートするところから始めたいと思います。

離婚しました

前回の記事に関しまして、読者の方から通りすがりの方までさまざまなアドバイスを頂きまして、感謝に堪えません。私の精神がギリギリ持ちこたえられたのはブログを通してでも、自分の気持ちを聞いてくれる人がいるという事実、そのお陰でした。


あの記事を書いたのは8月22日の夕方。会社の帰り、私は駅前の交番に寄りました。「自殺をほのめかす人」に対して何が出来るのかを聞きたかったのです。


駅前の交番につくと「何ですか?急ぎですか?」と聞かれました。私は「家のことで相談がある」と言いました。「ではご自宅の近所の交番に行ってください」と言われました。家から最寄りの交番がどこにあるのか分からず、近くの大きな警察署に電話しました。交番ってGoogleMapでも調べられないのですね。


若い警官が電話に出ました。「○○交差点の近くにあります」と彼は言う。「では住所を教えてください」と私が言うと、5分経っても10分経っても調べられません。何で警察官が交番の住所を調べられないのか…。私は彼から住所を聞くのを諦め、○○交差点へと向かいました。交番はすぐに見つかりましたが、誰もいません。また若い彼に電話しました。「交番に誰もいない場合はどうしたら良いですか」「交番の中に電話があるので、そこから最寄りの警察署に電話してください」とのこと。電話してみると「では○○警察署に来てください、当直で対応します」と丁寧な対応。タイミングよく警察署のある方面へのバスが目の前を通ったので、急いで乗り込む。




警察署では私と同じくらい年齢の警官が対応してくれました。取調室のようなところ。彼は紙とペンを持って私の話す内容を全てメモする。「離婚を切り出すと自殺をほのめかす妻にどう対応したら良いか」を相談しました。すると警察官は「まずダンナさん、あなたが手を出したら絶対にダメだよ。そうなるとあなたが捕まるから」と言いました。私は何を言っているのか分かりません。1mmも暴力の話はしていません。私の見た目が粗暴に見えたのでしょうか。



私は「そんな相談をしている訳ではなく、自殺をほのめかす妻を止めて欲しいのです」と言いました。「自殺をすると言って車道に飛び出したり、騒音で周りに迷惑をかけたりしたら警察は動ける。でも死ぬと言っているだけじゃ警察は動けない。結局、家族で相談してねとしか言いようがない。ダンナさん、あなたがDVなんてしないと信じてるけど、もしそういうことをしたらあなたが捕まってしまうから、絶対にしないでね、という意味です。」。「私は暴力はしません。妻は死ぬと言って話合いに応じません。話し合えないのです。」「うーん、でも今の警察には何も出来ない。結局家族の問題だから。うちも大変よ。子供が生まれてから、指も触れさせてくれないし、当直明けで疲れているのに家事手伝えとか言われて、みんな大変なのよ。」ここで話は終わりました。




結局何の解決策も見つけられないまま、帰途に付きました。帰りのタクシーの運転手さんが「お客さん疲れてるね」と声をかけてくれました。




もしかしたら既に死んでいるかもなと思いつつ、家のドアを開けます。部屋にはこんこんと明かりがついていました。




妻は冷静な顔で机に座っていました。ここから真の闘いが始まりました。同じような境遇の方がいたらぜひ参考にしてください。






「離婚したら死ぬ。ひとりにしないって言った。自殺方法は考えてある。」


「死なない方がいいと思うが、それを止めることは俺には出来ない。きみは私の命とあなたの命どっちが大事?と聞いているのと同じだ。その質問の答えは決まっている。自分の命だ。」


「言っている意味が分からない。また私はひとりぼっちだ。ひとりぼっちの辛さがあなたには分からないんだ。」


「君がいまどんな気持ちなのかは君にしか分からない。でも絶対にひとりぼっちではない。地元の友達、看護学校の友達、最初の就職先の友達、今の就職先の同僚、先生。君を必要としている患者。本当はひとりぼっちではないのに、気づいていないだけだ。」


「あんなのどうでも良い、あなたがいないと生きている意味がない」


「そうやって全ての人間関係を切り捨ててきた結果がこれだ。きみにとっては俺の友人も両親もどうでも良いかもしれない。でも俺にとっては全て大事なものだ。きみのために全ての人間関係を犠牲にするつもりはない。もう絶対に無理だ。」


「でも寂しくてしょうがない。どうすればいいの。誰が悪いの。」


「寂しさを受け入れるしかない。そういうものだ、人生は。」


「お母さんに会いたい、天国でお母さんと一緒に暮らす。」


「お母さんだって全ての願いを聞いてくれるわけではない。死ぬと言えばお母さんは一生頭を撫でてくれるのか、ご飯を用意してくれるのか、何でも買ってくれるのか、気に入らない人間を殺してくれるのか。そんな訳ないだろ。君が求めている愛情はこの世界に存在しない」


「生まれた場所が悪いのか、環境が悪いのか、私が全部悪いのか。私はどうしたら良いんだ」


「まずはこの寂しさを受け入れるしかない。一人で生きていけるようにならないと絶対に幸せにはならない。まずは心療内科に通ってみたら?境界性人格障害だと思うよ。」


スマホ境界性人格障害を検索する妻。


「本当だ、全部当てはまってる…。治るんだ・・・。今まで、これは性格だと思ってた。でも、時間掛ければ治るかもしれないんだ…。」



そう言って彼女は別離を受け入れました。





それからも何度か浮き沈みがあり、口論もしましたが、先日無事離婚届を提出し、別居する家も決まりました。大変ご心配をおかけしましたが、ようやくお互い次の人生に進めそうです。



元妻はまだ家にいますが、お互いを罵倒し合う良い友達になりました。婚姻届を書くとき、すごく心が重かったのを覚えています。離婚届を書く時は軽快にスラッスラ書けました。初めからこの日を予感していたのかもしれません。

「家を出ていくからDVDプレイヤーも買ってほしいんだけど」
「ダメに決まってんだろ、自分で買え」
「は?あんたが横浜連れてきたんだろ?」
「お前が自分で選んできたんだろ」
「あんたが結婚してくれって言ったんだろ」
「毎日結婚結婚ほのめかしてのはおまえだろ」
「ホント性格悪いね」
「おまえだけには言われたくない」

みたいな。最初からこんな風に話が出来れば良かったのかもしれない。(付き合ってないか)





母に連絡すると泣きながら喜んでくれました。2年前脳梗塞で入院した母は、私の絶縁宣言からストレスと不安により寝たきりになっていたそうです。本当に親不孝なことをしました。


一番怒っていると思っていた父は例の絶縁事件について「離婚するチャンスが来た」と思っていたそうです。パフォーマンスでも怒ったふりをすれば、ようやく離婚する決心をするだろうと、私を信じてくれていたそうです。


兄は兄夫婦の家から去る私の顔を心配し、自分が30歳だったころの話をしてくれました。そのころいつも聞いていた曲がケツメイシの「ライフイズビューティフル」だったと。たまたま会社の同僚からケツメイシを薦められ、電車の中でうとうとしながら聞いていたら泣いてしまった曲が「ライフイズビューティフル」だったので、このめぐり合わせに大分心が揺らぎました。10代の頃からほとんど口もきかず、眼も合せなかったのですが、これを機に兄と仲直りすることにしました。



兄嫁にも甥にも謝りました。元妻が多大な迷惑をかけたこと。特に、甥の誕生の日。「何で私の誕生日と一緒なんだ、あてつけか。私の誕生日祝いが薄まるじゃないか」と呪いの言葉を吐いた元妻のせいで誕生を祝えなかったこと。どんなことがあっても、生まれてきてくれたことは祝福したい。私もどれだけ叔父に可愛がってもらったか。



長い懲役が終わったような清々しい気持ちです。これからもっと良いことが起きるような気がします。やっぱりうちの結婚はおかしかった。そう思うようになりました。次はもっと素晴らしい結婚をします!もう31歳だけどね。。

何かアドバイス下さい。お願いします。

両親とのいざこざがあり、私は妻を取るか両親を取るか二択を迫られました。

 

 

その時、私は妻を選びました。親に「縁を切ってくれ」と言いました。大切に育ててくれた両親を捨てました。大学まで出してくれて、入社時のうつ病のときに豊橋までかけつけてくれた母を、一緒に会社に行くと応援してくれた父を、私は捨てました。妻は一人では生きていけないと思ったから。

 

 

それから2週間後、妻が「なんかどうでもよくなっちゃったから、お母さんに電話しようかな」と言いました。

 

絶句しました。

 

そこで妻への愛情は消えました。この人は理解不能だと確信しました。仕事がつまらないと言って泣いていた彼女を励まして一緒に看護学校に入るための勉強をしました。入学してからの生活費を払えないという彼女を援助しました。マンションが欲しい、大型犬が欲しいという願いを叶えました。病院を辞めたいというので、私が看護部長とかけあいました。両親と二度と会いたくないというので絶縁しました。もうこれ以上は無理です。

 

 

私は妻に離婚を切り出しました。毎日我慢ばかりしている。いつ怒り出すか分からない感情に怯え、友人との交友を断ち、両親とも縁を切った。でも今回の一件で君は何も僕のことを考えてくれていないことがわかった。君に子供を育てられるわけがない。離婚しよう。と。

 

 

一旦はそうだよね、私が全部悪いもんねと了承しましたが、次の日の朝すべてひっくり返りました。

 

 

やり直すためには何でもする。両親に土下座する。家事も全部やって、すべて我慢するから、ひとりにしないで欲しい。と泣き叫びました。

 

 

それでも私は全く愛情がないので、もう修復は不可能であることをはっきり告げました。

 

 

彼女は「だったら死ぬ」と言いました。死ぬ方法も考えてあると。死んでお母さんの元に行くと。

 

自分の命を人質にするというのは、本当に最低の行為だと思いました。それが通るなら1億円くれでも、人生すべて捧げてくれでも、核ボタンを押してくれ、でも何でもありだからです。それをやってはいけない、というのが人間の最後の砦だと思いました。

 

 

でも、本当に死んでしまったら私は自分を責めると思います。人を死なせてしまった罪を背負うくらいなら、今のまま全ての要求を飲み続ける人生を送った方が良いのでしょうか。

 

考えても考えても答えが出ません。私が我慢すればおそらく彼女の命を救うことはできます。ただし私の人生は無茶苦茶になります。私が逃げれば彼女は死に、私のその後の人生に暗い影を落とすことになるでしょう。

 

外部の方はどうせ死ぬわけがないと言います。でも死ぬ可能性はあります。銃口をつけつけることが脅しになるのは、それが脅しではなく、本当に打つ可能性があるからです。核の抑止力が効果を持つのは本当に打つ可能性があるからです。

 

彼女の自殺予告も本当に死ぬ可能性があるからこそ、効果を持っています。

 

 

私はどうしたら良いのか、途方に暮れています。みなさんの意見を聞かせていただけませんでしょうか?

 

 

失敗 × 失敗 = Happy

失敗しても良いじゃない。

むしろ失敗を奨励することで、日本は大きく変わるような気がしています。アメリカが超大国であるのも失敗を許容する文化が確立されているからなのではないか。



例えば、新しいことを大企業に居ながらやろうとすると必ず偉い人からストップがかかります。やるまえから「何年後にどのくらい儲かるのか全体像を見せろ」「何をやったら誰がいくら金を落とすのか示せ」と100個の質問が飛んできます。これは「失敗しない」ために必要な情報です。でも、そんなわかりっこないのです。この世にない新しいことをしようとしているのに、プロダクトもなく、予算もなく、広告もない状態で、いくらつっこんでいくら儲かるかなんて示せっこない。ただなんとなく「イケる」という確信しかない。そんなもんだ。当然失敗する可能性もある。でも、失敗しない新規事業なんてこの世に存在しない。現状は失敗が許されないから何も挑戦できない、だから何もイノベーションが生まれない。



例えば新卒一括採用というレール。これも一度レールから外れると二度と元には戻れません。日本ではまだまだ大卒で入社した会社に一生勤めるというロールモデルが存在します。「すでにロールモデルがではなくなった」とかいう人がいますが。全然そんなことはない。私の今の会社も前の会社も半分以上の人が一生同じ会社に勤めている。いや7割くらいかな。失敗が許されないから、レールを外れてしまったら、まともな会社に就職出来ない。自由な転職市場も開かれていない。



例えば結婚。恋愛感情がなくなったら軽くリセット、また次の愛する人を探すという生き方は日本では全く確立されていない。アメリカでは一ヶ月セックスレスというだけで夫婦が離婚するというのに!!失敗が許されないから、もう全然愛していない人との結婚生活を送ることになる。1年間セックスレスだけど世間体があるから、なんとなく我慢して暮らし続ける、という夫婦がほとんどなのでは?





失敗しても良いじゃない。ビジネスでも就職でも結婚でも大いに失敗しまくれば良いじゃない。


失敗を奨励するようになれば、大企業内でもバンバン新しい取り組みが行われるようになるよ。もともと地頭の良い人たちの集まりなんだから、1%くらいの確率で破壊的イノベーションを生み出す人がいるかもしれない。




失敗を奨励するようになれば、大卒後放浪したり起業したりしても「失敗の経験」を評価していつでも転職できるようになる。べつに会社をやめることは恥ずかしいことじゃない。自分にあった仕事を見つけるためになんでも挑戦してみれば良い。仕事は誰にとっても辛い金儲けのための手段ではない。あなたにも楽しいことは絶対にある。絶対に。




失敗を奨励するようになれば、好きでもない人と結婚生活を送る必要がなくなる。世間体とかどうでもいい。あなたが最も幸せな生活を送れるようにどうするかを考えるべきだ。一回の結婚で人生を一生共にする人をうまく選ぶなんて、そんなの無茶だ、そもそも。





失敗失敗言ってるけど、こんなもの本当は失敗でもなんでもないのです。別に会社で損失出しても、失業しても、離婚してもどうってことない。だって人生元々「何もない」んだから。この世界だって元々「何もない」んだから。会社も仕事も家族も何もないのがデフォルトなんだから。


本当の失敗はせっかく生まれた人生で、せっかく存在するこの世界で、「何もしない」ことなんじゃないかと私は思うのです。がんがん新しいことやって、がんがん転職して、がんがん離婚しまくりましょう!そうすればみんなもっとHappyになるよきっと!

サラリーマンも総理大臣も本当はただの『パッセンジャー』だ

私はめちゃめちゃ好きです、この映画。星5つです。


別の惑星に向かう宇宙船で、到着前に何故か目覚めた男女。彼らが目を覚ましたことに意味はある。と言うような予告を見た記憶があるのですが、実際は全然そんな話ではありません。



究極的なラブストーリーであり、悩める人生の物語です。ちょっとネタバレしつつ感想を述べます。




誰もが孤独を癒すために自分の人生に他人を巻き込もうとする。このことを責めることは誰にも出来ないと私は思う。隣の人に話しかけることですら、彼彼女の人生の邪魔をしていると言えるんだけど、誰もそんなこと気にしない。あなたが何かを食すことで生命が失われているかもしれないし、息を吸うだけで人類の最後の一呼吸を奪ってしまっているかもしれない。でも、そんなこと考えても仕方がない。誰もがお互いに迷惑をかけながらも「素晴らしい人生」を体現したいと願っている。生まれた瞬間から我々は誰かの人生を奪いながら生きているのだ。



私たちはみんな、孤独な宇宙船「地球号」に乗せられているパッセンジャーなのだ。乗りたいと希望して搭乗した人はいない。気が付いたら何故か地球で目が覚めた。目が覚めたらマンモスを石槍で倒す任務を課せられた人もいれば、宮廷で俳句をひたすら読み続けた人もいるだろう、液晶ディスプレイに囲まれて部屋でゲームをしながらピザを食べ続ける人生を送る人もいるだろうし、宇宙船で別の惑星の開拓を夢見る人もいるかもしれない。



彼らはみんな隣にいる誰かにすがって、頼って、愛して、イラついて生きている。限られた選択肢の中から一番良い選択をしたいと願っている。原理的にこの世界の可能性は無限であるが、実はその無限の可能性は我々に開かれてはいない。開かれた有限の可能性の中から、挑戦して失敗して、延々その繰り返しの中で生きているのだ。その有限性は歩いて行ける範囲なのかもしれない、宮廷に住む50人の人間関係かもしれない、毎日ご飯を持ってきてくれる家族だけなのかもしれない、宇宙船で目覚めたもう一人の相手だけなのかもしれない。



パッセンジャー』はSFではなくて、今ここに生きる我々のことを淡々と描いている。宇宙船で目覚めた二人はわたしであり、あなたなのだ。サラリーマンも総理大臣も社長さんもモーニング娘もみんなパッセンジャーなのだ。



「素晴らしい人生!」そう言えれば、どんな有限性の中にも無限が見いだせるのではないだろうか。





何はともあれジェニファー・ローレンスが超絶美女でした。彼女の映画は全部観たいと思います。

どちらも最高!映画『君の膵臓を食べたい』と小説『君の膵臓を食べたい』

浜辺美波主演の映画『君の膵臓を食べたい』があまりに衝撃的だったので、同じ勢いで小説『君の膵臓を食べたい』を一気読みしました。


仕事のストレス、家庭の不和が吹き飛ぶくらい、どちらも素晴らしい作品でした。キラキラした青春を追体験でき、恋愛の一番楽しい時期を思い出させ、今この一瞬を生きようと強く思わせてくれました。


映画と小説の違いは色々なところで語られているけれども、私が一番重要だと感じたのは「僕」のノリです。小説の僕は「オタクっぽい」ノリで結構よく喋る。なんだかんだ言って色々な人に合わせて生きていくことができる人。でも映画の僕は「お前らとは違うから」オーラを出しまくり、とにかく暗い。なので、彼女との会話のノリも大分違います。小説は掛け合いのテンポが良いので夫婦漫才のような、友達夫婦のような空気感が最初から出ています。でも映画は最後の最後まで「心を開けない僕」、「誰とも付き合えない僕」でした。


逆にそれが良かった。だから12年間の空白が必要だった。冴えない小栗旬がいた。
そこでミスチルの「himawari」の歌詞が生きてきます。

諦めること
妥協すること
誰かにあわせて生きること
考えてる風でいて
実はそんなに深く考えていやしないこと
思いを飲み込む美学と
自分を言いくるめて
実際は面倒臭いことから逃げるようにして
邪にただ生きてる


人生で一番泣いた映画は『八日目の蝉』ですが、それに匹敵するくらい映画館でボロボロ泣きました。浜辺美波の透明感も伝説的ですが、北村匠海の演技が素晴らしかった。

小説ばかり読んで「お前らとは違うんだオーラ」を出してなんとか自分を取り繕ってるけど、本当は誰かと一緒に騒いだり笑ったりしたい、でも自分から行って拒否されたら傷つくから、そんな相手が向こうから来るのをただ待っているクソみたいな青春。それが僕。まさに自分を見ているようでした。映画のレビューを見てみると「自分をみているようだった」と書き込んでいるオッサンが沢山いたので、みんな暗い青春を送っていたのですね。そんな暗い青春を明るい桜色で上書き保存してくれるような優しい物語でした。高校生からおっさんまで絶対に見て欲しい作品です。

マーケティングやるなら絶対これを読もう『ドリルを売るには穴を売れ』『売れる会社のすごい仕組み』

ドリルを売るには穴を売れ

ドリルを売るには穴を売れ

売れる会社のすごい仕組み~明日から使えるマーケティング戦略

売れる会社のすごい仕組み~明日から使えるマーケティング戦略

佐藤義典のマーケティング指南書です。
トーリー調になっていて読みやすい上に、マーケティングをする上で大事な考え方が網羅されています。


「ドリルを売るには穴を売れ」では一貫性のあるマーケティング戦略立案の仕方を、
『売れる会社のすごい仕組み』では実際にその戦略を実行しながら強化していく過程が丁寧に説明されるので大変勉強になりました。


社内で事業戦略の話になると「5forces分析をやろう」、「いやまずはSWOT分析だ」、「いやいやValueChainを並べてみて」という意見が乱打され話が全くまとまりません。それぞれ完全独立した分析手法でもなくて、被る部分と網羅できていない部分があったりするので、やり始めても「これで十分なのかな」とか「これさっき話したよな」ということが起こりがちです。


そういった古今東西の分析手法をきちんと噛み砕いて、漏れなく無駄なく体系化したのがBASiCS戦略理論です。
BattleField・・・戦場、市場、どこで戦うか
Asset・・・他社が簡単にマネできない強みの源泉
Strength・・・顧客が自社を選ぶ理由
Customer・・・ターゲット顧客
Selling Message・・・以上を統括する言葉は何か


マーケティングの教科書とか経営学のを読むよりも、この本を2冊読んだ方がより実践的で、自分の事業の戦略を理解できるようになります。


差別化には三種類しかない、というのが印象的でした。
・手軽軸・・・安い、早い
・商品軸・・・高品質、新技術
・密着軸・・・顧客のかゆいところに手が届く


自分が顧客だと思うと当然その通りですよね。

セブンイレブンでコーヒーを買った理由・・・近いから(手軽軸)
Mac,iPhone,iPadを使う理由・・・使いやすくてオシャレだから(商品軸)
犬のごはんをブリーダーから買う理由・・・親身に相談に乗ってくれるから(密着軸)


今のジムに通う理由・・・綺麗で温泉がついている(商品軸)、近い(手軽軸)
メルカリを使う理由・・・簡単(手軽軸)、すぐ売れる(高品質)


こんな感じでしょうか。
良く考えてみると私は「密着軸」でモノを選ぶことってあんまりないかもしれない。
病院とか家族とか、命に係わることかな。おカネでは替えられない価値が必要な時、かもしれない。


マーケティングとはガクシャさんだけのものではなく、自分の消費行動から分かることなのだ、というのが大きな発見でした。